和久洋三が考案した創造教育活動とその実践例を紹介

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創造共育宣言 第1章-1

新しい子どもの誕生

人間が求めるもの-@

 人間は何を求めて生きようとしているのだろう。
 それを探し続けてきました。
 もし、そのことを知ることができれば誰もが願う「幸せ」のかたちが見えてくる、そうすれば向かうべき道が見えてくる、人生の目標が定まると思えたのです。  
 といって私がことさら不幸な生い立ちをしたわけではありません。むしろやりたいことをやってこられた幸せを感謝しています。しかしその思いもそばに不幸せな人がいると沈みます。みんなが幸せにならない限り自分も幸せになれない。それが少年の日に抱いた幸福に対する私の感情でした。  
 ではどうすれば誰もが幸せになれるのか。  
 いい車に乗りたい、一戸建ての家に住みたい、健康でありたい、好きな相手と一緒になりたい、金を得たい、地位を得たい、名誉が欲しい。誰しも心の中でいずれかを願ったことがあるに違いありません。努力し、その願いが叶えられる社会になればみんな幸せになれる、そう思えた若い日もありました。
 しかし、それは幸せの実現ではなくほとんどが欲望を満たすにすぎないことを知りました。欲望を手に入れると、それはいつしか色褪せ、また次の欲望が頭をもたげます。果てしがありません。そればかりでなく欲望を叶えることによって人間として大切なものを失い、心貧しくなる人も見てきました。
 幸せの実態は欲望の成就とはほど遠いものでした。
 これから私が紹介する創造教育は人間が幸福になるための、活き活きと人生を全うするための「共育法」です。万人が身につけてこそ真の幸福が訪れることは言うまでもありません。  
 そして、教育は教える側と教えられる側に二分されるわけではなく、共に学び育たなければ死んだも同然となります。教える側が人間として上位にあると錯覚した時、真摯さは失われます。真摯さのない教育者は高慢になり、怠惰になり、被教育者からなにも学べなくなります。この時、教育に生命は失われます。「共育」はそうあってはならないことを意味します。学び合う関係こそが二者を同化させ高めます。

 人類の歴史はすでに21世紀を迎えました。つい数十年前まで夢物語だった宇宙への旅すら可能にしました。しかし、戦争という人間同士の殺し合いはためらいもなくいまだに続いています。そして、目を背けたくなるような少年少女の犯罪、行きつく果ては親の我が子に対するイジメ、その果ての子殺し。目を覆うような事件は後を絶ちません。国を育て守るはずの立場の人達の不正も日常茶飯事となりました。自分が快であることがすべてに優先されるようになったからでしょうか。いつの間にか美辞麗句ばかりが空を舞い、保身のための嘘を恥としない世の中になってしまいました。
 幼児期にはやさしく、けなげで、ひたむきに「確かなもの」を求めた生命が、いつの間にか無気力になり、自信を失い、誇りも思いやりも放棄してしまうのはなぜなのでしょう。  
 その要因は無数にあり、しかもそれが複合して私達の心を蝕んでいるにちがいありませんが、煎じつめれば人間が人間として生きるうえで、どうしても無くてはならないものを幼児期・少年期に失ったからだと私は思っています。失っていくものは二つあります。

(和久洋三著/『創造共育宣言』より抜粋)

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