和久洋三が考案した創造教育活動とその実践例を紹介

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創造共育宣言 第1章-5

新しい子どもの誕生

教育のあり方を変える-B

 こうした活動を何度も何度も繰り返して幼な子は成長していきます。このあり様をずっと続けることが創造力の開発に必要なのですが、言語を獲得する頃から大人達の「指示、干渉、教えたがり」がはじまります。言語によって思いどおりに子どもを育てようとしはじめます。子ども達にはやりたいことを自由にする環境がしだいに奪われていきます。
 やりたいことを充分しなかった人間の思考力は低下し、ひとに指示されたことを、指示された範囲で機械のようにやりこなす「指示待ち人間」「マニュアル人間」になり下がるしかありません。なぜなら、思考力は「どうして?」「なぜ?」という問いを自分で積極的に解決しようとする中でしか育たないからです。

 これでは日本の将来に前途がないことをみんな気づきはじめました。文部科学省も教育のあり方を変えるために、授業内容を変更し、「ゆとり」ある時間を持てる指導が行われるようになりました。
 しかし、このゆとりの時間をどう扱っていいのか解からず、右往左往して、結果として学力の低下を招いていると指摘する学者、教育者が出てきて元の木阿弥です。
 これは「ゆとり」ある時間をもつことに問題があるのではなく、その時間を創造的に生かす環境を用意できない大人の側に問題があったのです。
 新聞紙上では、大学生の中に「三権分立」を知らない、「分数の計算」ができない学生が数多くいることを記事にしていましたが、これは小学生で理解すべき学習内容を理解しないでも学部によっては大学に入学でき、そのまま社会人になれることを物語っています。テストのため、入試のための勉強が学問への姿勢をゆがめています。そして、この傾向はしだいに小学生の低学年から幼児にまで浸透しはじめ、幼児期、少年期だからこそ許された時を忘れて遊びまくる時間と空間がすでに失われてきています。
 そんな中で、幼児教育界ではカリキュラムをしっかりつくって、これに子どもを順応させようとする「設定保育」から、子どもの好きなように一日をおくらせる「自由保育」へと教育のあり方が変わってきていますが、『自由と秩序』の解釈がしっかりされていないために混乱に陥っているのが実状です。
 これは以下の点が教育の中で見落とされているからです。

 @秩序によって自由が保証されることが理解されていないこと。

 A能力に応じて様々な体験ができるための「環境」をどう設定するかについての考察と準備が足りないこと。

 B教育は本来、知識(情報)を頭につめ込むことではなく、人間とは何か、自然存在の意味するものは何か、等の根本的な問いかけを人類の文化遺産に学びながら探究し、万物の関係性に目を向ける中で、人間性を育むことに根本の目的があることを忘れ去っていること。

 この@ABについて解説するには限りない紙数を必要とするので、ここでは幾つかの問題提起だけにとどめておきます。

(和久洋三著/『創造共育宣言』より抜粋)

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